チャンスを自ら掴む者摘む者

何人かのトライアウト受験の投手が登板し、ナゴヤ球場へ来るきっかけを作ってくれた一人、小林亮寛さんが登板しました。登板した際に一緒にいた友人は

「亮寛!」

と大声で叫びました。小林亮寛さんによるとこの声は聴こえていたそうです。そして励みになっていたということです!

この日のシート打撃テストは5人の打者と対戦できる形でした。記録をつけていました。ただ残念だったのは、後の投手があまりにすごいことをやってしまい、そのショックで誤って消してしまったのです。悔やみます。

彼は140km前後の球を中心に投げていました。2安打を打たれてしまいましたが、そんなに強烈に打たれたというイメージはありませんでした。後に続く人に彼なりの見本を見せたような立派な投球でした。そういうオーラを感じました。

小林亮寛さんの次に登板したのは、ファイターズの鎌倉でした。彼は入団当初から注目していました。そして陰ながら応援もしていました。2005年には入団2年目ながら1軍の先発陣の一角として食い込み、7勝をあげるなどがんばっていました。しかし、たびたびけがをしてしまい、今年はイースタン混成チーム・フューチャーズとの試合で登板した以外は登板したことがなく、戦力外となった投手でした。

神奈川から来た友人はマウンドへ上がった鎌倉に

「愛媛から来たんだよ~」

と大声で叫びました。

彼の姿には1年目、2年目にみたダイナミックなサイドスローの面影はまったくありませんでした。しかし、こうやって応援してくれる人がいるトライアウトで存在感を示したい、そして結果としてあわよくばどこかの球団が採用してくれればという本人の心はスタンドからも嫌というほどわかりました。そしてバックネット裏には彼の地元、愛媛にも球団をもつ四国アイランドリーグを創設した石毛氏もじっと見つめていました。彼のように四国出身で再度を挑戦したい若者を四国アイランドリーグに連れて行きたいという思いで見ていたのかもしれません。

とはいえ結果は残酷なものでした。結果も打者5人に2つのデッドボールと3つの四球。背中をすり抜ける球もありました。スピードも127kmとプロの投手としてはお世辞にも速いとはいえません。本来であればデッドボールや四球を与えた打者とは再度の対戦がありますが、この5人との対戦後、彼は自らマウンドを去っていきました。その光景は助けを求めたいけど言えない悲しさ。自らの手でチャンスを摘み取ってしまったくやしさがにじみ出ているのが手に取るようにわかりました。


トラックバックURL: http://www.taketake.org/trip-for-baseball/npbtryout2007/651/trackback